『戦火の勇気』感想・紹介・レビュー【死を巡る謎】
戦火の勇気
1996年に公開されたアメリカ合衆国のサスペンスドラマ映画。
監督をエドワード・ズウィック、脚本をパトリック・シーン・ダンカンが務めた。
出演
- デンゼル・ワシントン
- メグ・ライアン
- ルー・ダイアモンド・フィリップス
- マイケル・モリアーティ
- マット・デイモン
- ブロンソン・ピンチョット
序盤のあらすじ
湾岸戦争中の砂漠の嵐作戦の最中、戦車部隊隊長のナサニエル・サーリング中佐(デンゼル・ワシントン/作中では、愛称の『ナット』のみが使われている)はクウェート領内で敵の戦車と誤認して部下であり親友のボイヤー大尉の戦車に向かって射撃命令を下し、同士討ちを犯してしまった。
湾岸戦争終結後、軍は秘密裏にバスラでの友軍の誤射事件の調査を進めているのが判り、サーリング中佐は不安な思いで委員会の調査結果を待った。
そしてサーリング中佐はペンタゴンに戻り、軍のセレモニーや名誉勲章などを扱う部署での事務職を命じられるが、贖罪の機会も与えられないままその仕事をするのはサーリング中佐にとって苦痛以外の何物でもなく、以前にも増してアルコールに溺れるようになっていた。
引用:Wikipedia
今作は、湾岸戦争中にナサニエル・サーリング中佐が起こした誤射事件を発端として、ヘリパイロットとして戦地に救出に向かい、殉職したカレン・エマ・ウォールデン大尉の死の真相にサーリングが迫っていくさまをシリアスな作風かつ、サーリングとウォールデンの2つの事件を同時進行的に描いた作品。
サーリングを演じたデンゼル・ワシントンはこういったシリアスな作風も難なくこなしてしまうのは言うまでもないが、メグ・ライアンはラブコメのイメージという人が多いのではないだろうか。
しかし、今作ではラブコメで見せる顔とは一転して彼女の余り見る事のないシリアスかつ重厚な演技が光る。
自らの判断ミスで親友を失ったのにもかかわらずその暗い過去すら軍によって揉み消されたサーリングが、新たな仕事で担当した案件である勲章候補者のウォールデンの死の証言の食い違い、誰も彼女の死を語らないことと自らの過去を消されたことが一種リンクするような展開。
部下たちの証言毎に見た目では同じシーンではあるが、台詞が異なっていたりと死の真相が誰の台詞、どのシーン、どの会話に隠されているのかということを常に考えさせられ、見事なサスペンスドラマに飽きることなくハラハラドキドキする。
気付く人も多いとは思うが、今作は芥川龍之介の『藪の中』の手法とほぼ同様だ。
それが故に視聴者は常に翻弄され続ける上に、何が事実なのか考えれば考えるほど分からなくなってくる。
様々な登場人物の台詞に微妙なニュアンスでヒントのようなものがあったり、何かを仄めかす様な絶妙な言い回しがあって特に気にせずに観ていると、そのままながしてしまうかもしれないが、グッと集中して作品に入り込んでいると良い疲労感を味わえる。
設定としては物凄く単純で、1人の女性兵士の死を巡って如何にして真実を明らかにするかという、ここだけ見れば良くある内容ではある。
そして展開的にもアクション映画やお涙頂戴的な映画の様に大きく盛り上がる場面があるわけではないのだが、錯綜した現場の中での銃声を頼りに謎がほんの少しづつ解けていき、証言をする兵士たちの人間模様もしっかりと描き絡ませて淡々と進み、真相が明らかになる過程を目の当たりにして観終わると心の中に苦い後味のような印象が残る。
ある程度集中しないと作品の本質を楽しめないのと、頭を使うことを考えると人を選ぶ作品だとは思うのだが、人間の本能から来る保身、保身に走ってしまったが故に来る辛く重い自責、人としての誇りと責任をまざまざと見せつけられる素晴らしい作品だった。
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