『スポットライト 世紀のスクープ』感想・紹介・レビュー【おぞましい事実とジャーナリズム】
スポットライト 世紀のスクープ
2015年に公開されたアメリカ合衆国の伝記ドラマ映画。
監督・脚本をトム・マッカーシー、共同脚本をジョシュ・シンガーが務めた。
出演
- マーク・ラファロ
- マイケル・キートン
- レイチェル・マクアダムス
- リーヴ・シュレイバー
- ジョン・スラッテリー
- スタンリー・トゥッチ
この作品は、2003年に公益報道部門でピューリッツァー賞を受賞したボストン・グローブ紙の報道に基づき、アメリカ合衆国の新聞社に存在する調査報道班として最も長い歴史を持つ同紙の「スポットライト」チームによって明らかにされた、ボストンとその周辺地域で起こっていたカトリック司祭による性的虐待事件に関する報道の顛末を描いたもの。
カトリック教会の性的虐待事件とは
問題の性質上、長きにわたって明るみに出ていなかったが、2002年にアメリカ合衆国のメディアが大々的にとりあげたことをきっかけに多くの報道が行われ、一部は訴訟に発展した。
この種の事件が起こっていたのは孤児院や学校、神学校など司祭や修道者、施設関係者と子供たちが共同生活を送る施設であることが多かった。
なお、メディアでは「児童への性的虐待」と報道されても、多くの場合は児童ではなく、成人である神学生のような人への虐待である。
アメリカに続いて、アイルランド、メキシコ、オーストリア といった国々でも訴訟が起き、イギリス、オーストラリア、オランダ、スイス、ドイツ、ノルウェー においても行われてきた性的虐待が問題となっている。
アメリカやアイルランド、スコットランドでは教区司教が引責辞任に追い込まれるという異例の事態となった。
これら一連の騒動により、アメリカなどでは一度でも児童への性的虐待が発覚した聖職者は再任することができなくなったが、職場を追われた神父らが、メディアなどの監視が行き届かない南米など発展途上国で同様に聖職に就き、同様の事件を起こしていることがわかり、新たな問題になっている。
引用:Wikipedia
「カトリック教」というもの「宗教」というものを信仰する人々にとっては、どれだけこの事件が衝撃的な物だったかは想像するに容易い。
日本という、世界的に見れば無宗教な人が多い国に住んでいてもその驚きはニュースとともに耳に入ってきた。
この作品を観たり実際にこの事件について調べれば調べるほどその”酷さ””恐ろしさ””醜さ”を目の当たりにする。
カトリックや宗教自体を批判するような思惑は一切ないが、教会組織そのものの根本的な問題だろうし、最早おぞましい。
こういった目を疑うようなおぞましい事実に基づいて物語を作り上げて、報道に関する部分も細部まで丁寧に誠実に力強く事実をなぞっていくことで、モデルとなった人物に敬意を表したくなるほどのドラマとして成立している。
その一方で上質で重厚なドラマではあるのだが、中身はドラマチックでも何でもなく非常に生々しく描写されているのもあって、被害者役が役に見えないシーンすらあった。
自分には想像もできない、想像する資格もないほどの恐怖や苦しみを持って生きてきたのだと思うと、シーンの空気感や雰囲気に飲まれてしまいその場に自分が居て実際に聞いているかのような錯覚を覚えた。
作品の様々なシーンから懸命な調査をし困難に立ち向かった記者と弁護士、想像を絶する恐怖を味わったであろう被害者の思いの強さを感じ取ることの出来る作りになっていて、そこには当事者しか窺い知ることの出来ない問題の重さ、根深さが垣間見える。
序盤のあらすじ
2001年、マサチューセッツ州ボストンの日刊紙『ボストン・グローブ』はマーティ・バロンを新編集長として迎える。
バロンは同紙の少数精鋭取材チーム「スポットライト」のウォルター・ロビンソンと会いゲーガン神父の子供への性的虐待事件をチームで調査し記事にするよう持ちかける。
チームは進行中の調査を中断し取材に取り掛かる。
当初、チームは何度も異動させられた一人の神父を追うが、次第にマサチューセッツ州でカトリック教会が性的虐待事件を隠蔽するパターンに気づく。
引用:Wikipedia
念のため注意して欲しいのだが、実際の事件やそれに伴う出来事に基づいて描かれてはいるがドキュメンタリー映画ではないので、記事として事件が明るみになったのちに社会の反発を含む多くの困難を経て、2006年に出されたベネディクト16世からの公式声明に至るまでの経緯は描かれていない。
これは、いたずらにカトリック教会や宗教を貶める意図がないことや、被害者の人々の告発にかける壮絶な思いやおぞましい事実を描くという事に重点を置いた結果そうなっているのだと思う。
実際その目的は見事達成されている。
事件を知らない人は勿論、ニュースなどで目にしたことがある人ですらこの作品を観て愕然とするだろう。
その被害者の数に、加害者である聖職者の数に。
そして何より、教会という組織のみならずそれに伴うコミュニティや信者、果てには被害者家族までもがその隠蔽に協力していたという目を耳を疑う事実。
映画的に過ぎた演出をするわけでもなく、確かに存在した事実を淡々と描いていく演出は物足りなさを感じてしまう人が居るかもしれないが、それは裏を返せば丁寧に真摯に事実に向き合い掘り下げていくボストン・グローブ紙の記者たちへの敬意の表れだと感じた。
カトリック教会が抱える大罪をリアルに生々しく描くとともに、記者たちのジャーナリズムをこれでもかと感じさせてくれる素晴らしい作品。
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